盲導犬候補のパピー育成を通して受刑者の更生をサポート! 「島根あさひ盲導犬パピー育成プロジェクト」にかける思い

サニエルと島根あさひ盲導犬パピー育成プロジェクトのみなさん

日本盲導犬協会/島根あさひ訓練センター(パピネス)とは

  • 訓練部 中村さん

日本盲導犬協会は昭和42年の設立以来、目の見えない人、目の見えにくい人が行きたい時に行きたい場所へ行くことができるよう、安全で快適な盲導犬との歩行を提供している団体です。視覚障害者の社会参加を促進するため、盲導犬の育成や視覚障害リハビリテーションなど様々な活動をおこなっています。今回は、ぼくサニエルが日本盲導犬協会の島根あさひ訓練センターにお邪魔して、中村さんに「島根あさひ盲導犬パピー育成プロジェクト」についてお話を伺ってきました。 ※集合写真はサニエルと島根あさひ盲導犬パピー育成プロジェクトのみなさん

訓練部の中村さんの写真

受刑者が盲導犬候補のパピーを育てる「島根あさひ盲導犬パピー育成プロジェクト」

島根あさひ訓練センター中村さんの写真
プロジェクトを担当する島根あさひ訓練センター、訓練部の中村さん。

──島根あさひ訓練センターについて
島根あさひ訓練センターは、2008年に開設された中国・四国エリアで初めての盲導犬育成施設で、主に中国・四国エリアにお住まいの目の見えない方、見えにくい方に盲導犬を貸与しています。

基本的に、日本盲導犬協会の各拠点と機能は同じですが、開設された背景が他の拠点とは異なります。島根あさひ訓練センターは、法務省のPFI事業として立ち上げられた官民協働の刑務所「島根あさひ社会復帰促進センター」(以下、促進センター)の附帯施設として建設されました。そのような背景がある施設なので、PFI事業の一つとして「島根あさひ盲導犬パピー育成プロジェクト」という日本初の試みもおこなっています。

──島根あさひ盲導犬パピー育成プロジェクトについて
島根あさひ盲導犬パピー育成プロジェクト(以下、パピープロジェクト)は、訓練生(※)が盲導犬候補のパピーを育成するプロジェクトです。
※促進センターでは、受刑者のことを「訓練生」と呼びます。

2009年に第1期がスタートし、先日14期が終了しました。これまでに74頭のパピーの育成を促進センターに委託し、そのうち19頭が盲導犬になっています。

私たち日本盲導犬協会は、盲導犬の育成という使命を担っています。訓練生がパピーの育成に協力してくれるパピープロジェクトは、パピーウォーカー(子犬飼育ボランティア)の不足を補うという意味で意義のある取り組みです。このプロジェクトの大きな特徴が、パピーたちにとって2つの「家庭」が存在するということです。毎週月曜日から金曜日は促進センターで訓練生と過ごし、金曜日の午後から月曜日の朝まで「ウィークエンドパピーウォーカー」と呼ばれる地域のボランティアの家庭で過ごします。パピーたちは2つの「家庭」でたくさんの愛情を受け、成長していきます。

加えて、訓練生の社会復帰に貢献するという意味でも画期的なプロジェクトだと言えます。訓練生たちは、盲導犬候補のパピーを預かることで責任が生まれます。さらに、チームで協力して1頭のパピーを育てることで、コミュニケーション力の向上や人間関係の構築が促されます。そして何より、目の見えない方、見えにくい方の社会参加を促すことにつながります。パピープロジェクトを通して得られる「信頼される喜び」「役に立つ喜び」「達成する喜び」は、訓練生の社会復帰を後押ししてくれるものになるはずです。

一般のパピーウォーカーと違うのは、刑務作業をしながらお世話をすること

促進センター内のパピーウォーカーの様子
促進センター内でのレクチャーの様子。訓練生はパピーとの接し方を学ぶ。

──パピープロジェクトの流れや期間
14期のパピープロジェクトでは、4頭のパピーを23人の訓練生に委託しました。訓練生の人数は変動しますが、基本的には6人の訓練生が班になって1頭のパピーを育成します。

盲導犬は通常、生後2ヶ月から1歳になるまでパピーウォーカーの家庭で過ごしますが、先ほどお話ししたように、パピープロジェクトでは平日は促進センターで訓練生と一緒に過ごし、週末はウィークエンドパピーウォーカーの家庭で過ごします。プロジェクトの期間は、毎年11月~翌年7月までの約9ヶ月です。

──パピープロジェクトにおける訓練生の役割
訓練生の役割は、基本的に一般のパピーウォーカーと変わりません。パピーが人間社会で生活するためのルールを身につけられるよう、トイレトレーニングや健康管理はもちろん、食事や運動、遊びなどのお世話やしつけをします。

一般のパピーウォーカーと違うのは、刑務作業をしながらお世話をすることです。訓練生が刑務作業している間、パピーは同じ空間でケージに入って過ごしますが、促進センターの配慮で1時間に1回15分、ケージから出て遊ぶ時間を設けてもらっています。刑務作業後は訓練生の運動時間がありますが、そのときは体育館や運動場で訓練生と一緒に走り回ったり、おもちゃで遊んだりしています。夕方5時以降は余暇時間になるので、グルーミングをして過ごすなど基本的には訓練生にお任せする形です。夜間は、パピーと一緒に寝る訓練生が1週間ごとに変わる当番制になっています。

ちなみに、パピーは丸1日、訓練生と過ごしているわけではなく、午前中の約4時間は訓練センターに移動して私たちと一緒に過ごします。私たちにとっても促進センターにとっても初の試みだったので、双方で話し合い、改善を重ねながら14期まで来ています。

訓練生同士の壁がなくなり、気軽にコミュニケーションができる関係に

島根県浜田市にある島根あさひ訓練センター。島根あさひ社会復帰促進センターは徒歩数分の距離にある。

─パピープロジェクトの担当者として心がけていたこと
私は、14期で初めてパピープロジェクトを担当しました。初めてなので試行錯誤の連続でしたが、パピーの健康を最優先するのが大前提であり、事故なく無事に1歳を迎えてもらうことをベースにしていました。

促進センターでは月に2~3回、訓練生を対象にしたパピーレクチャーをおこなっていました。これは、主にパピーの成長段階に合わせた接し方を学ぶレクチャーで、パピーを健全に育成するとともに、パピーが人と一緒にいることを好きになることを目的としたものです。また、訓練センターでは月に1回、ウィークエンドパピーウォーカーを対象にしたパピーレクチャーも実施していました。

訓練生に対しては、何か一つでも手応えを持って社会復帰してもらいたいという思いがありました。そのために心がけていたことは、訓練生の考えを否定しないことです。否定したり、私の考えを押し付けたりすると、訓練生はおそらく自分で考えなくなったり、ネガティブになったりすると思います。たとえば、トイレトレーニングのレクチャーはしますが、レクチャー通りにいくかどうかは犬によって変わってきます。ですから、「こうやってください」ではなく、「こういうやり方もありますよ」「どっちがうまくいくか試してみましょう」というように、あくまでも提案する形で、自分自身で気付いてもらえるようなアプローチをしていました。

──パピープロジェクトを通して感じた訓練生の変化
パピープロジェクトの期間中、ときどき促進センターに様子を見に行っていましたが、最初の頃は誰も話しかけてくれませんでした。ですが、時間が経つにつれて「しつけがうまくいかないんですけど・・・」「指の間がいつもより赤い気がするんですけど、見てもらっていいですか?」など、気軽に声をかけてくれるようになりました。訓練生から「こういう発見をした」と自信を持って報告してくれたり、パピーの小さな変化に気付いてくれたりするようになったのは、すごく嬉しい変化でしたね。

最初に比べると、訓練生の表情もだいぶ変わったと思います。始まってすぐの頃はみんな硬い表情で、訓練生同士もお互いに「壁」がありましたが、終わる頃には表情がすごくやわらかくなって、訓練生同士、気軽にコミュニケーションができる関係性になっていました。訓練生の中にも「この活動が社会貢献につながるんだ」という意識が醸成されてきて、「この子を盲導犬にするためには、どのように関わったらいいんだろう?」といったことをみんなで話し合ってくれました。促進センターの職員の方からも「引っ込み思案で人前でほとんど話さなかった訓練生が、パピープロジェクトのときは率先して発言するようになった」という話を聞いています。犬と関わり、人と関わることで訓練生に変化が生まれるのは、担当者として感慨深いものがあります。

訓練生の意識が変化したことで、パピーたちの「人との関わり方」にも変化が生まれました。パピープロジェクトが始まった頃は、気になる物や音に反応してしまい、人とコミュニケーションをとるのが難しかったパピーたちが、気になる物があってもしっかりコミュニケーションをとれるようになりました。

パピープロジェクトから1頭でも多くの盲導犬を

修了式でのパピーの受け渡しの様子。激励や充実感、悲しさなど、訓練生には様々な感情が入り交じる。

──14期の修了式を終えて
修了式では、訓練生代表が「全員でパピーを育てるという意識を持てたことで、事故やケガなく無事に育てることができました」「心身ともに健康で立派に育ったパピーたちに負けないよう、私たちもしっかり更生し、社会復帰できるよう明日からも真摯に取り組みます」という挨拶をしてくれました。本当に素晴らしい挨拶だったと思います。

私は過去にもパピープロジェクトの修了式に出たことがあるのですが、そのときは「今日でお別れか」というようなしんみりとした雰囲気で、ボロボロ涙を流している訓練生もいました。ですが、14期の修了式はみんなが晴れやかな表情で、「頑張ってこいよ」「元気でな」という感じで送り出していました。別れが悲しいというより、激励する気持ちのほうが強いように見えました。

パピープロジェクトの期間中、訓練生はアイマスク体験や点字・点訳の職業訓練など、視覚障害者への理解を深める取り組みもおこなっています。それもあってか、パピーをペットとして見るのではなく、視覚障害者への貢献という意識で向き合う訓練生が多くなっているのかなと感じました。過去にパピープロジェクトに参加した訓練生が出所した後、視覚障害者の役に立ちたいと、ブラインドランナーと一緒にマラソンを走る「伴走ボランティア」を始めたという話も耳にしました。パピープロジェクトがきっかけになって、社会貢献への意識を持ってもらえるのはすごく嬉しいことです。

──今後の抱負
パピープロジェクトを通して健全なパピーを育成し、目の見えない方、見えにくい方へ良質な盲導犬をお渡しすることが私たちの使命です。引き続き、促進センターの職員の方や訓練生と協力して、健全なパピーの育成に努めていきたいと思います。訓練生に対しては、「パピープロジェクトに参加して本当に良かった」と思えるようなプロジェクトにして、自信を持って社会復帰してほしいなと思っています。

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