── NPO法人ピースジャムと一般社団法人モリノネの協同の取り組みについて教えてください。
ピースジャム佐藤さん:
ピースジャムでは、自社工房で育児期のお母さんの雇用と子育てを支援する活動を行なってきましたが、雇用と子育てという家庭単位の課題に触れることはできても、より専門的で知見の必要な「保育」については触れられずにいました。
その折、モリノネの現代表者の深澤鮎美さんに出会いました。彼女は、自然保育のできる場所を探していたのですが、それがきっかけでお声がけいただきピースジャム工房で始めることになりました。同じ拠点から地域の児童福祉に別のアプローチができるのは魅力的なことです。そこで、2022年8月にモリノネさんは法人格を取得し、同年9月からピースジャム工房で活動を開始されました。
※以前の関連記事 https://saniel.jp/saniel/2395/
── モリノネでは日頃どのような活動をしていますか?
モリノネ代表の深澤鮎美さん(以下あゆちゃん):
自然あそび保育モリノネという施設名称で活動しています。主に、一時預かり型の保育施設ですが、毎日の預かりも可能です。
ここでは、子どものやりたい気持ちを大切にしているため、1日の流れを子ども同士で話し合って決め、スタッフは、子どものやりたいことに寄り添いながら過ごします。
地域全体を保育園と見立てて活動していて、近所に散歩に出て地域の方の庭や裏山で遊ばせてもらったり、畑で土いじりをしたり、収穫の体験などもし、地域の皆さんに見守ってもらいながら基本的に外で保育をしています。
── モリノネの保育の大切なポイントを教えてください。
あゆちゃん:
草花や虫を観察したり、里山を駆け回ったり、野草を調理して食べたりと、五感を使った体験をして過ごしますが、それだけではなく、自然のサイクルや自然の中にある暮らしも観察したり体験することで、様々な学びに繋がるような環境を作っています。
例えば、干し柿を作ったり、生ごみをコンポストで堆肥化して畑に使用したり、雨水を貯めた雨水タンクから植物に水をあげたりと、自然のサイクルや恵みを活かし、子ども達と一緒に暮らし作りをしています。もちろん自然には様々なリスクもあるため、それらも含めて自然を知ることが大切ですよね。
── 自然の力ってすごいですね。
あゆちゃん:
子どもの視点に立てば、自然の中には子どもが夢中になれる要素や遊びが無限に広がっていますよね。中でも大切にしているのは、自分で選んで決めて行動できる力や、生きる力を育むことです。
── 深澤さんの地元は気仙沼ですか?
あゆちゃん:
もともとの地元は茨城県で、埼玉県で保育士をしていました。東日本大震災の復興期に岩手県釜石市で手作りの公園ができたのですが、そこに遊具を作るボランティアとして入っていました。今思えば、それが移住のきっかけになっています。釜石に通うようになってからは、公園の運営者や地域の方と共に過ごす時間が多くなり、人の良さや環境の良さに惹かれました。そして、皆でその公園を子ども達の育つ場として活かしたいと思い、2016年に釜石に移住をしました。そこで6年活動し、モリノネを設立するために気仙沼に移住しました。
── ピースジャム工房を選んだ理由は?
あゆちゃん:
気仙沼は官民一体で子育て環境を良くしていこうという動きがあり、市は私たちがやりたい保育にも協力的です。そこで、保育のできる場所を探していたところピースジャムの存在を知り、環境の良さに加えて佐藤さんと思いを共有できたことで、この場でモリノネを始めることができました。
── どのようなメンバーで運営されていますか?
あゆちゃん:
立ち上げ時のメンバーは、私の他に兵庫出身者と気仙沼の方で立ち上げました。その後、気仙沼の方が1名増え4人体制になり、さらに気仙沼市の保育ワーホリ制度を利用した大分県出身の方が4月から働き始め、現在は5人体制で運営しています。
── 移住者が多い印象ですね。では大分県出身の方にお話を伺いたいと思います。
突然ですが、自己紹介をお願いします。
政岡香凛(以下かりんちゃん):
大分県大分市出身の政岡香凛(かりん)です。よろしくお願いします。
── 香凛さんはなぜ保育士の道を選んだのですか?また、モリノネで働くきっかけは?
かりんちゃん:
大学3年生の時に外国語学部でオーストラリアに留学していたのですが、向こうの子ども達と遊んでいる時に、子どもは世界のどこでも一緒だと思っていたら、突然子ども関係の仕事をしたいと強く思い、まず、子ども関係のアルバイトをすることにしました。
保育士の資格を取得後は東京に出て、多くの保育施設で働きながら、多様な保育を学んでいましたが、大規模な保育施設でも小規模な保育施設でも、集団(子ども達)を動かすために大人の時間軸や都合で、子ども達を動かしている保育の在り方に違和感を覚え、漠然とモヤモヤしていました。そんなある日、なんとなくインスタグラムを見たら、大学の友達がふるさとワーホリ※1で気仙沼に移住し、ワーホリ体験者募集の投稿をしているのを発見。気仙沼のワーホリ制度のホームページを見たら、偶然保育ワーホリ※2の制度を見つけました。当時は3ヵ所の保育現場を掛け持ちしつつ、理想の保育を模索していたこともあって、この制度を利用してモリノネで働いてみることにしました。
── 保育ワーホリで働いたモリノネからどんな印象を受けましたか?
かりんちゃん:
モヤモヤが一切ありませんでした(笑)全てが子ども目線で、大人の都合で子どもを動かしていないところが刺さりました。特に、子どもの力を信じて自分で決めさせることや、選択のチャンスがいっぱいあるところなど、代表者の大切にしているところが私と一緒だと感じました。大人に決められてから動くようでは、いつまで経っても自走(自分で考え行動すること)ができないのではないか?という疑問を持っていましたが、モリノネでは、幼い頃から自分の選択を尊重される経験がたくさんあります。その経験は、とても魅力に感じました。
── 気仙沼で暮らしてみてどうですか?
かりんちゃん:
とても良いです!東京では人とのつながりが限定的で、カレンダーも詰め込みすぎてびっしり埋まっていたんですよね。移住してからは、カレンダーや気持ちに余白があって、気づくと友達と遊んでいたり、思いつきでキャンプしたり、お裾分けで冷蔵庫がいっぱいになるようなこともあるんです(笑)余白がなければできないことが今はできていて、日々豊かに生きているなあと実感します。なかでも、人がとにかく良いんです。人が温かいのですごく落ち着きます。ワーホリの時は食べ物も人も、暮らしからも離れたくなかったので泣く泣く帰京したのですが、やっと帰らなくてよくなりました(笑)
── それは良かったですね!他に気づいたことなどはありますか?
かりんちゃん:
生まれ育った田舎と自分が選んだ田舎は違うということを感じていますね。気仙沼は震災の復興期から若い風がたくさん流れこんでいるためか、田舎特有の閉鎖感や否定感がないのが心地いいです。仕事だけが良くても、暮らしだけが良くても偏っていることがダメで、今はWLB※3が整っているので、仕事の時間もそうじゃない時間も楽しく、日々穏やかな気持ちで暮らしています。
── モリノネの皆さん、ありがとうございました。
最後に佐藤さん、何か一言お願いします。
佐藤さん:
先ほどのお二人の話を聞いていると、全国と同様に、気仙沼市も保育士の人材不足は慢性的な課題ですが、人材や施設の数を増やせばいいということでもなく、そもそも魅力や質の足りない職場や働き方が多いのかもしれないとも感じました。働くことだけではなく、同時に楽しんでいるという実感や、暮らしと同時に自然や人と関わり合っているという実感など、縄文時代以前から続いてきたであろう、自分以外の物事から受ける良い影響感、仮に「生きている実感」が損なわれると、ストレスフルな世界を心に生んでしまうのかもしれません。ただ、大気や水、地形、土壌、人を含めた生態系など、あらゆる自然環境とのつながりを持ちながら、生かされているのは人類共通の事実で、かりんちゃんの話でも触れていましたが、それらを多くの人が感じにくい社会で生きていることも事実だと思います。そう考えると、田舎が豊かなのではなく、「豊かな自分」に気付ける環境が、自分で選んだ田舎にはあるのかもしれません。
一般社団法人モリノネHP
https://www.morino-ne.org
※1 ふるさとワーキングホリデー制度
2週間~1ヵ月程度の期間、その土地に住みながら働く取り組み。自身の能力や経験を高めるほか、その地への理解を深め、将来的な移住の可能性を模索することにもつながる。宿泊費や食費などの出費はあるが、働いている分の対価として給料も発生するため、差引の差額は大きくならずに済む。その土地ごとの特色ある職業を体験できる。
※2 保育ワーキングホリデー制度
希望の保育施設を選びお仕事として働き、保育や子育てについて新たな学びの経験や気仙沼観光などを自由に楽しむことができる。2023年にスタートした気仙沼独自の体験プログラム。
※3 WLB(ワーク・ライフ・バランス)
ひとりひとりの人が自分の時間を、仕事とそれ以外で、どのような割合で分けているか、どのようなバランスにしているか、ということ。