きっかけは、1冊の小児がん家族の手記 経済的負担が重くのしかかるシビアな現実
――ゴールドリボン・ネットワークの立ち上げの経緯をおしえてください。
<松井さん>
1973年に日本支社設立の準備を進めていた外資系生命保険会社・アフラックの創業者から、創業メンバーに加わってほしいと誘いがあったのですが、当時無名のアフラックという会社に転職することに戸惑っていました。
ちょうどその時期に、お嬢さんを白血病で亡くされたお父さんの手記に出会い、小児がん患児の家族が抱える経済的な負担を初めて知りました。「こんなにお金がかかるのか!」と驚いたのを覚えています。それをきっかけにがん保険の必要性を感じ、「がん保険を世の中に普及させることが社会にとって必要だ」とアフラックで働く決意をしたのです。
その後、アフラックで社長、会長を務め、リタイアを考えた時に、何か社会に恩返しがしたいと思いました。そして、アフラックで働くきっかけとなった、小児がんの役に立てることをやろうと思ったのです。
すでにアメリカでは、「ゴールドリボン」というシンボルマークを使って、小児がんに関する啓発活動や治療研究などへの経済的支援をしている団体がありました。そのゴールドリボンを日本でも普及させて活動の輪が広がるようにと、NPO法人名を「ゴールドリボン・ネットワーク」とし小児がんの支援活動を始めました。
小児がんを知ってもらい 支援の輪を広げるために
――ゴールドリボン・ネットワークの活動内容をおしえてください。
<松井さん>
ゴールドリボン・ネットワークは、小児がんの治療研究の助成からスタートしました。その後、ウォーキングイベントを開催したり、院内学習室を作ったりと、その時々の要望に合わせて活動の幅を広げています。現在は「小児がん経験者のQOL(Quality Of Lifeの略/生活の質)向上」「小児がんの治癒率向上」「小児がんの情報提供と理解促進」の3 つの柱でさまざまな支援を行っており、年数を重ねるごとに支援の輪は広がっています。
小児がんは、年間2,000~2,500人の子どもたちが罹患し、治癒率は70%を超えていますが、一方で子どもの病死原因の第1位です。希少がんにもかかわらず種類も100以上と多く、そこからくる課題が多くあります。私共は、初めは小児がんを治る病気にという思いで特定の研究に絞って研究助成を始めました。その後助成先を増やし、現在は毎年10程度の研究や小児がん疾患登録事業への助成、さらには研究留学支援もしています。
また、設立当初は「子どもにもがんがあるの?」と質問されたり、「ゴールドリボンってなんですか?」と聞かれたりすることがたびたびありました。がん保険を扱うアフラックの社員でさえ知らない人がいたんですから(笑)。支援を増やすには、広く知ってもらうための活動をしなければいけないと思い、啓発イベントや小児がん情報誌の刊行支援などを始めました。
設立当初から開催している東京のウォーキングイベントは、今年で11回目。今は東京だけでなく、大阪や福岡でも開催しています。開会式で小児がん経験者や小児科医師にお話をしてもらったり、小児がんを知ってもらう展示やバナースタンドなどを設置して、小児がんへの理解を深めてもらえるようにしています。こういうイベントなどを通して、多くの人に小児がんを知ってもらい、小児がんの患児や経験者が生きやすい社会につながれば嬉しいです。
学習室の設置や医師同行のサマーキャンプなど 要望に応える形でさまざまな支援を実現
――「小児がん経験者のQOL向上」のために、どのような支援をしているのですか?
<松井さん>
現在、力を注いでいるのは、「小児がん経験者のQOL向上」のための支援です。活動していくうちに、小児がん患児の家族やその関係者からいろんな要望をいただくようになり、それに応える形で支援をしています。
例えば、日本大学医学部附属板橋病院には院内学級がなく、ベッドサイドに先生が来ていたのですが、パジャマのままで勉強しても子どもたちは集中できません。そこで、病院内に学習室を作りたいという要望を受け、2009年に学習室を設置する費用を負担しました。2011年には、大阪市立総合医療センターに高校生がeラーニングを受講できる学習室も設置しました。
また、経済面のサポートとして、2011年の東日本大震災時には被災地3県の小児がん経験者の高校生への給付型奨学金制度を作り、現在は、全国の小児がん経験者の大学生への給付型奨学金を実施しています。
さらに、2014年には交通費の補助制度も作りました。小児がんは大人のがんと比べて数が少ないこともあり、専門医や専門病院が少ないのが現実です。治療のため、例えば北海道から東京や京都といった、遠方の病院に通うケースは少なくありません。きちんと治療が受けられるように、私共は自宅から120km以上離れた病院に通っている小児がん患児とその家族に対して交通費を補助しています。
その他、2013年からは小児がん患児や経験者とその家族を対象に、医師同行のサマーキャンプを主催及び支援をしています。これまで体調面が心配で旅行できなかった患児も、医師がいることで安心して参加でき、旅先で家族みんなで遊んだり、同じ悩みを持つご家族同士が話し合ったりといろんな交流や思い出ができています。「病気になってから11年経ち、初めて家族旅行ができた」というご家族もいて。年々規模が大きくなり、今年の参加者は300名を超えました。
小児がん克服後の自立した生活を目指して
――小児がん患児が直面している課題についておしえてください。
<松井さん>
近年の医療の進歩により、小児がんの治癒率は70%を超えるようになりました。ただ未だに小児がんが原因で年間約500名の子どもが亡くなっているという現実もあり、新しい治療法や薬剤の開発が必要になります。また、ひと昔前よりも小児がんが治る病気になった分、新たな課題も出てきています。
そのひとつが、晩期合併症です。小児がんを克服するために、抗がん剤投与や放射線治療をしますが、その影響で障がいが残ってしまうことがあります。晩期合併症が起こる小児がん経験者は全体の半分程度と言われており、その子どもたちのフォローアップが大事な問題です。
自立という問題を考えた時、障がいを持っていても障がい者手帳をもらえない子ども達の就業も課題です。障がいによって働き方が制限され、障がい者でもないから特例子会社にも入れない。そのような問題を抱える小児がん経験者を対象に、ゴールドリボン・ネットワークは2016年より就労移行支援を始めました。小児がん経験者と企業の橋渡しをし、職場体験をして採用試験に受かれば就職できるようサポートしています。2017・18年で小児がん経験者4名が就職することができました。今後も企業に働きかけて、小児がん経験者の自立支援をしていきたいと思っています。
小児がん支援活動を支える ゴールドリボン・サポーター
――ゴールドリボン・ネットワークの活動で大変なことは何ですか?
<松井さん>
やはりNPO法人はファンドレイジング(資金調達)が一番大変です。いつも何かいい方法はないかと考えています。ゴールドリボン・ネットワークの活動を支えているのは、個人会員および企業団体の賛助会員からの会費、個人・企業団体からの寄付、提携サポーターの支援です。彼らをゴールドリボン・メンバー、ゴールドリボン・サポーターと呼んでいます。
提携サポーターによる支援は多岐にわたり、自動販売機の商品やバナナなど物販販売の売り上げの一部を寄付していただいたり、企業内で社員に寄付金を募っていただいたりしています。大変ありがたいことに、多くの企業が自発的にさまざまな形でサポートをしてくださっています。また、ゴールドリボン・ウォーキングを始めとするイベントなどでは、協賛や社員のボランティア派遣、個人の方のボランティア参加、募金活動・啓蒙活動などをしていただいています。
最近始めたのが、GRN(ゴールドリボン・ネットワーク)古本募金です。不要な本やCD、DVD、ゲームソフトなどを、NPO支援サイトCharibon(チャリボン)に買い取ってもらうことで、その買取金額が寄付される仕組みです。Webまたは電話で簡単に申し込むことができますので、不要な本やCDなどがあればぜひ小児がん支援にご活用ください!
小児がんの子どもたちをより支援できる社会づくりを
――今後のビジョンを教えてください。
<松井さん>
ゴールドリボン・ネットワークを2008年に設立し、今年で10年になりました。この10年の間にも小児がんを取り巻く環境や課題、要望は変わってきており、それに合わせた支援をしていく必要があると考えています。小児がんを克服した人が増えれば、その要望も増えて当然です。小児がんを克服した後の人生のほうが長いので、彼らが必要とするフォローアップすべき事項が増えていくのではないかと思っています。
ゴールドリボン・ネットワークのテーマは、「小児がんの子どもたちに、もう一度笑顔を!」。私たちの一番の願いは、小児がんが治る病気になることです。それに対しての支援をさまざまな形で続けていきたいと思っています。また、小児がんの子どもたちをよりよく支援できる社会をどう作っていくのか、ということも考えていかなければいけません。そのためには、まずは多くの方々に小児がんについてわかってもらうことが大事です。
小児がんは依然として大変厳しい病気です。治癒率は上がってきていますが、一方で亡くなったり、様々な障害や生きづらさを抱えて生きていかなければならない子どもたちがたくさんいます。そういう子ども達が生きやすい、そして前向きに生きていける社会作りの力になっていきたいと思います。
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