女性の生き方の選択肢を増やしたい
「女性の生き方の選択肢が少ない地方都市の現状に触れ、資格を持っていなくても、手仕事で働ける職場をつくろうと工房を立ち上げました」とお話いただいたのは、2015 年 6 月、宮城県気仙沼市に「インディゴ気仙沼」をオープンさせた代表の藤村さやかさん。 気仙沼出身のご主人との結婚を機に、この地に暮らしはじめた彼女は、男性主体の漁師町で女性が抱えるさまざまな不便さに触れ、工房を立ち上げた。気仙沼の平均所得は266万9334円と低く、県内の他地域よりも賃金が安い。配偶者の収入だけではやっていけず、共働きしなければならない状況だが、保育料を払いながらだと手元にわずかしか残らない、病児保育施設が市内に1軒もないなどの条件が重なり、働きたくても職種や働き方が合わず、やむなく都心部へ引っ越したり、子育て中は収入を諦めたりしている人も多いのが現状だ。
「女性はライフステージによって、自分のために使える時間が極端に制限される時期があります。子育てや介護中は短時間勤務を希望したい、経済的な理由から未就学児を自宅で育てたいが実入りはほしい。そんな女性たちの“生き方の選択肢”を増やしたいと考えました」。現状を自分たちで変え、結婚・出産・子育てと変化していく女性にとって魅力的な職場を作ることを志し、開業した。
染めを行うために、工房へ通う染め手の女性は 2 名。そのほかに縫製担当の女性が 3 名、 事務を担当する女性が 1 名いるが、育児中などさまざまな事情から自宅での仕事を希望されている。「気仙沼に限ったことではありませんが、その土地に住んでみないと分からない豊かさ・不便さはたくさんありま す。そんななか、女性が家族を守るために楽しく働いて、家計にとって心強い収入が得られる職場にしていきたいと思っています」
藤村さんが工房をはじめたとき息子さんはまだ 6 カ月。保育所を 3 か所申し込んですべて断られた経験を持つ。そんな藤村さんだからこそわかる改善点、そしてこれからあるべき地域の姿なのかもしれない。「息子はいま 2 歳になりました。おかげさまで保育所に通っています。早く会いたいと思いながらいつも仕事しています」
藍染めではなくインディゴ染め
インディゴとは、植物の葉から抽出されるブルーの色素のこと。正確に言うと、植物のなかに存在している間はインディカンという物質で、これは無色透明なので見えないが、紫外線と酸素に触れるとインディゴに変性する。このインディゴを使って布などを染め上げる手法は世界中に存在し、日本では“藍染め”として知られる。しかし藤村さんは自分たちの染めを、“藍染め”ではなく、“インディゴ染め”という。
「日本でおもに藍染めに使われているタデ藍は、中国から渡来したものです。じつはその前から日本には、「あい」と呼ばれていた染料植物があり、摺り染めや叩き染めに使われていました。想像でしかありませんが、恐らく「あい」と呼んでいる植物がすでにあるなか、中国の染料植物「藍」(ラン)が入ってきたので、“あい”の音をあてたのだと思います。もしかしたら“あい”は当時、“染め物全般”をあらわす音だったのかもしれませんね。日本古来の”あい“にはインディカンが含まれていないことがわかっていますが、色々な方のお話をうかがい、自分のなかで咀嚼した結果、日本古来の”あい“を用いた染めこそ”あいぞめ“を呼ばれるのにふさわしいのではないかと思うようになりました。”あい“に敬意を表し、対するインディカンを含む植物を用いたわたしたちの染めは、”インディゴ染め“と呼んでいます。それは、日本で発展した伝統工芸としての藍染めへの敬意でもあり、違う方向性で活動しているという位置づけでもあります」
作りたいのは“気仙沼ブルー”
「気仙沼は津波がきっかけで、世界的にも“海のまち”として知られるようになりました。悲しいながらもこの事実は、私たちに商品戦略上の“強み”も与えてくれました。気仙沼は海とともに生きる町。そんな気仙沼が発信するブルーは、インディゴブルーをイメージしやすく、ブランディングしやすいという利点があります。わたしたちはさらに商品価値を高めるため、新ブランド“気仙沼ブルー”へ向け、もう一歩踏みだそうと考えました」 この地域の強みを活かし、同時に従業員に楽しく働き続けてもらうためには、ほかのブランドと競い合える市場競争力が必要になる。目指す“気仙沼ブルー”には、藤村さんのそんな思いがこめられている。“気仙沼ブルー”を謳うため、原料から自家栽培しようと、昨夏からインディゴ植物の栽培にも挑戦しはじめたのだ。
「日本で一般的なタデ藍の栽培から着手したのですが、温暖な気候を好む植物。通常はひと夏で3~4 回ほど収穫できるタデ藍ですが、夏が短い気仙沼では 1 回しか収穫できなかったのです。収穫回数が国内の他地域にくらべて少ないことが分かりました。」しかしリサーチを重ね、さまざまな人を訪ね歩き、とうとう“パステル” というインディゴ植物に出合った。
「パステルはかつて中世ヨーロッパで盛んに栽培されていたのですが、近代以降の大量生産の流れのなかで、安くて手間のかからないインド藍に押されて栽培されなくなり、数世紀のあいだ、染色手法も断絶されていました。そんななか、仏トゥールーズの農家が栽培に取り組み、2015 年の秋に、パステルの染料を復活させました。似たような寒冷な気候の気仙沼で栽培するならこれだと、確信しました」その後トゥールーズから貴重な種を分けてもらい 、2016 年の冬に試験栽培を開始。年明けに見事に発芽した。「発芽した新葉を畑に移して、成長を見守ります。さっそく虫の被害も出ていたり、一朝一夕にというわけにはいきませんが」
手間をかけるからこそできる美しいブルー
工房ではパステルの試験栽培に取り組みながら、現在は市外から仕入れたインド藍を用いて染めをしている。染料をつねに元気な状態に保つには、甕(かめ)のなかを常にアルカリ性に保ち、染料のご機嫌をうかがいながら、毎日調整をしていく必要がある。そのため石灰や果糖を少しずつ加える。「天然染料は、ぬか床と同じで状態がうつろいやすい。ダメにせず染料の持つ特性を活かすためには、 とろみ、におい、色などを観察して、日によって何をどれくらい加えるべきかの判断が大切になります」
布をいれて染め上げ、ひとつの商品が染色できるまでに4~7日。「手間をかけるからこそできるブルーがあります。そこには自然界の不純物が醸し出す美しいムラがあり、その風合いは化学染めで表現することはできません。原料にこだわることは色の美しさを追求するだけではなく、お客様に安心と安全を提供することにもつながります」
被災地だから気づいたモノへの想い
被災地ならではの光景もあるという。「津波で流されたがれきやヘドロのなかから、遺族がようやく見つけ出したご家族のお形見。なんとか洗ってみたものの、汚れを落としきることができない。もしかしたら上から染め重ねることで汚れが目立たなくなるのでは。そんな想いで工房を訪れる方がいらっしゃるのも、この地ならではです」染め体験を通じて、遺族が故人を思って遺品を染め上げる。そして綺麗なインディゴに染め上がったものを形見として身につける……。「そんな経験をするうち、 染めという作業は生地に色を乗せるだけではない、不思議な力を持っているのだと思うようになりました」 工房では、衣類などの染め直しサービスにも力を注いでいる。そこには単なるエコロジー思想だけではない想いが込められている。
目指すは海外。可能性は無限に広がる
「インディゴ染めされた生地は、堅牢度が増し、抗菌・保湿・虫よけ・熱遮断・紫外線カットなど、優れた自然の効能をまとうようになります。武士の胴衣がインディゴで染められていたのも、止血作用・殺菌作用ゆえといわれています。インディゴが持つハーブとしての側面も科学的に検査し、証明書をつけることで、さらに安心・安全をお客様にご提供していきたいと考えています」 どこまでも前向きで、太陽のように明るい藤村さん。それでいて、時折見せる経営者としての顔。そもそも、なぜインディゴ染めなのかを伺ってみた。
「うーん、そうですね……。外国の人から見れば、侍はクールで、SAKEは粋。インディゴはセクシー(笑)。海のまち気仙沼で女性たちが手染めをして、現代のスタイリッシュなデザインに仕上げて商品化したら、確実に海外への販路が開けると思ったんです。 いまでも 2 割ほどは海外に輸出していますが、もっとたくさんのインディゴ作品を世界に送り出したいと考えています」
実は藤村さん、生まれは米デトロイト。初めての仕事は仏ラ・デファンス。東京での起業を経て、インディゴ気仙沼の開業に至る。見た目は日本人でもマインドは外国人なのである。 過疎化した地方都市で、女性が生きる選択肢のひとつとしてはじまった工房は、確実に世界に向けて飛び出そうとしている。気仙沼ブルーが世界を席巻するのもそう遠い日ではないのかもしれない。